地方都市の「静かなる分岐点」——高松・徳島探索で見えた、補助金依存モデルの限界と未来

 京都という、歴史と資本が奇跡的に循環し続ける街に身を置いていると、日本の地方都市が直面している「本当の課題」を見失いそうになることがあります。

今回、四国の二大都市である高松と徳島を歩き、その駅前と商店街を探索して感じたのは、単なる景気の善し悪しではなく、都市としての構造的限界でした。

一人のビジネスマンの視点として、現地で目撃した事実と、これからの日本が向き合うべき現実を整理しておきたいと思います。


1. 徳島と高松:共通する「空きテナント」の多さと景気の冷え込み
徳島駅前と高松の商店街、その両方を歩いて最も印象に残ったのは、至る所に貼られた「空きテナント募集」の看板です。
徳島では、かつての繁華街であった商店街の体感シャッター率が90パーセントに達しており、街全体が機能を止めているような感覚を覚えました。
一方、再開発で美しく整えられたはずの高松でも、華やかな装飾のすぐ隣には空きテナントが目立ち、活気が戻っているとは言い難い状況でした。
この光景は、両都市が共通して深刻な景気後退の波にさらされていることを物語っています。
単に店が閉まっているのではなく、新しい借り手が見つからないまま放置されている。
それは、その場所で商売を始めることの経済合理性が失われつつあるという、冷徹な事実の積み重ねに他なりません。


2. 高松・丸亀町:300億円の「厚化粧」が問いかけるもの
高松の丸亀町商店街は、一見すると地方再開発の成功モデルに見えます。
複数の街区を合わせて総事業費約300億円規模という巨額の公的資金が投じられ、イタリア風のガレリアや最新のブランドショップが並ぶ光景は確かに立派です。
しかし、実際に平日の街を歩いて確信したのは、補助金で見た目を整えても人の流れは本質的には戻らないという厳しい結論です。
どれほど公的資金を投じて「美しいハコ」を作っても、そこに自律的な経済の血流が通っていなければ、それは一時的な演出に過ぎません。
今の日本に必要なのは、こうした効果の薄いハコモノ補助金への依存を断ち切ることです。
見てくれを整えるための投資ではなく、真に稼ぐ力がある場所にリソースを集中させる。
その決断が遅れれば遅れるほど、地方の疲弊は深まっていくでしょう。


3. 生き残る「中核ハブ都市」への集約
今回の探索で痛感したのは、これからの日本は「すべての街を救う」という幻想を捨て、ハブとなる中核都市への集約を進めるしかないということです。
今後、持続可能な都市として生き残れるのは、周辺エリアの人口や資本を吸収し、自走できる磁力を持った以下の都市群に限られていくでしょう。
関東圏の東京、関西圏の大阪、京都、兵庫、中部圏の名古屋。
そして地方のブロック拠点である福岡、札幌、仙台、広島。
これらの強力な磁場を持つハブ都市と、その周辺の交通ネットワークが維持されるエリア以外は、物理的にも経済的にも維持が困難になります。
徳島や高松のような県庁所在地でさえ、現在の補助金モデルが限界を迎えれば、存続の危機に直面します。全員を救おうとして全滅するのではなく、ハブ都市を強化し、それ以外のエリアは緩やかに自然へ還していく。この苦渋の選択こそが、未来の日本を支える現実的な解となります。


4. 終わりに:京都という「恵み」を、未来への糧に
四国の探索を終え、京都に戻った際に感じたのは、この街が持つ「実需の強さ」への安堵感でした。
しかし、地方で起きていることは決して他人事ではありません。
補助金で見た目だけを取り繕う時代は終わりました。
私たちに必要なのは、現実から目を逸らさず、どこに価値があり、どこに未来があるのかを冷徹に見極める目です。
地方の静寂と空きテナントの看板は、私たちが当たり前だと思っている日常の豊かさが、いかに脆い基盤の上に成り立っているかを、静かに警告してくれているのです。

6時間前